淀川工科高等学校 丸谷 明夫先生 講演 K点を超えて

丸谷先生を知ったのは
2004年の笑ってコラえてで
淀工を1年追っていた
吹奏楽の旅。

笑いあり
激怒あり
素晴らしい指導のもと
日本一に生徒たちを導き
生徒はもちろん
他の学校の生徒たち
地域の人
そして
日本の多くの人に
刺激と感動と元気と勇気を与える姿に
とりこになった私も1人です。

そんな丸谷先生が
地元に来るんですから
見のがせるはずがありません!!

大型バスで
吹奏楽部全員で聴きに来た中学校もありました。

テレビのまんまの丸谷先生。
小さいころは
消極的で
泣き虫で・・・

今じゃ考えられませんね。

お母さんが10歳で亡くなって
床屋さんをやっていたお父さん。
高校の授業料、入学金は
丸谷先生が
朝3時から魚市場でバイトをして
自分で後払いしたそうです。

小学校の時
笛で吹いた
おぼろ月夜を
涙を浮かべて
「お前の笛は上手だなあ」と
言った
学校の先生の言葉が今でも忘れられないそうです。

それから吹奏楽に出会い
指揮をするようになった高校2年の時
スペアミントと言う曲を演奏したのですが
当時日本一だった
呉羽小学校の先生で
前大阪府吹奏楽連盟理事長の松平正守さんに
「へたくそだなあ」と言われ
呉羽小学校を見学に行き
「こどもに音楽の機関車を」と言う言葉を知ったそうです。
子供たち全員に音楽の機関車を与えて
引っ張るのではなく
一緒に走る。

高校を卒業し
そのまま淀工に教員として赴任して
今年で50年。

50年
いろんなことがありましたが
生徒のせい、誰かのせい、学校のせい・・・
そうじゃなくて
各々が見つめ、真摯に対応すること。

それがK点を超えることだそうです。
K点を超えては吹奏楽コンクールの課題曲にもなり
淀工の演奏の動画があります(こちら
質問コーナーもあって
こんな機会はないので
私も質問させていただきました。

笑ってコラえてでは
朝早くから、夜おそ~くまで(11時近く)時計をさす練習をしていたのですが
近所から苦情とか来ないのかと・・・(なんでも聞いてくださいというので^^:聞きました)

苦情・・・あるそうです。
最近では近所にできた高層マンションからの苦情。

でも
なるべく地域に協力し
真摯にその都度対応してきたそうです。

続く・・・・・
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by noripipi2000 | 2013-09-16 09:52